魅力と活力あふれる地域づくり

再掲−このレポートは「既講評分抜粋 9」 と同じ物です。

 平成9年夏、日本映画史上に残る傑作アニメーションが公開された。
宮崎駿監督作品「もののけ姫」である。様々な人間の欲望と大自然との壮絶な戦いを描いたこの作品は、公開されるやいなや、空前絶後の大ヒット作となった。人間と自然、また、人間と人間が複雑に絡み合った2時間強の作品を要約するのは至難の技であるが、そのあらすじをキネマ旬報における米田由美の文から、抜粋してみる。

 「舞台となるのは日本の中世(室町時代あたり)。人を寄せ付けぬ太古の森が存在し、そこに住む人語を解せぬ獣達が荒ぶる神々として恐れられている……そんな時代である。物語は、猪神に死の呪いをかけられた若者アシタカが、呪いを解くために西へと旅立つところから始まる。彼が訪れたタタラ場では、女頭領エボシ御前が豊かな土地を切り開くため森の神々を倒そうとしており、また、犬神に育てられた『もののけ姫』と呼ばれる少女サンがエボシの命を狙っていた。両者と知り合ったアシタカは、共存の道を求めるように提案。だが、己が正義と信じる彼女たちを説得できず、またそこに不老不死の力を秘めるシシ神の首を狙う輩が絡んで、三ツ巴の戦いは激しさを増していく……。」
 そして、戦いの結果、シシ神は滅び、大自然の行く末は、完全に人間の手に委ねられる。少女サンは、「とても人間界では生きていけない。」と森の中に戻り、若者アシタカは自然と人間が共生する道を模索することを決意する場面で映画は終わる。

 自然との共生、まさにこれは、2005年開催の我が愛知県における万博のテーマそのものである。
 なぜ、今、この映画が大ヒットとなったのか。勿論、宮崎監督の作品に対する情念、日本古来の神秘的な雰囲気、ストーリーを盛り上げる久石譲の音楽等、作品そのものが面白いことも事実である。しかし、それ以上に、テーマが今日的であったことが大きな要因であろう。
 戦後50年かけて積み上げてきた社会構造が今、全ての面で綻びかけてきており、また誰しも、どこかおかしいぞ、こんなはずではなかったと思う惑いの時代に我々はいる。
  「自然と共生する」これは、一昔前の日本人にとっては生活することそのものであり、なんら特別な事ではなかった。が、世の中がここまで来てしまった今、とてつもなく大きなテーマのように感じられてしまう。しかし、その第一歩はまず、自然と触れ合うことではないだろうか。

 映画「もののけ姫」が公開された年、私は豊田事務所林務課で緑化自然担当という仕事をしていた。
 実はその前年より、普及指導担当と緑化自然担当の合同プロジェクトとして、一つの企画を検討していた。それは、豊田市宮前町にある約2ヘクタールの市有林において、市民の手による森林整備を始めようというものだった。

 豊田市は、言わずと知れた自動車産業の街である。しかし、意外に豊かな自然が残っており、市の全体面積290平方キロメートルの内、その森林比率は35.9%、そしてその人工林率は26.7%となっている。統計的数字からもわかるように、雑木林が数多く存在し、市街化が進展する中で放置されたままになっているこの雑木林を有効に活用し、森林としての機能をもっと発揮させたいというのがそもそもの発端であった。

 森林ボランティア活動は最近流行であり、全国各地に様々な団体が誕生している(平成9年度全国に約280団体)。一方、総理府が平成8年1月に実施した世論調査結果によれば、森林づくりに参加したいという意向を持つ人が、全体の約7割にも達し、「森林づくりのボランティア活動を行いたいか」という問いに対しても、「活動したい」と回答した人が約1割、「どちらかといえば…」と答えた人をあわせると、約半数の人が森林ボランティアを行ってみたいという意向を持っているそうである。

 このような意識の高まりに呼応するように「林業白書」においても、平成8年度は「ボランティア活動による森林整備」の項目を設定し、平成9年度には、森林ボランティア活動の評価や行政としての取り組み姿勢などにも言及している。

 我々が豊田市宮前町のフィールドでの活動を検討する際に考えたことは、地域住民を森林整備の人夫として募集するのでなく、応募してきた人に、その対象となる森林に対して自分の庭のような意識を持って活動してもらいたいということであった。基本的に「草刈り十字軍」や「間伐支援隊」とは異なったコンセプトで、身近な自然を見つめてもらおうということである。そうすれば、たとえ行政主導で立ち上がったグループでも、いずれ自主的に活動するようになり、長続きするであろうと考えたわけである。

 そして、平成9年秋、豊田事務所林務課と豊田市自然保全課の合同プロジェクトとして住民参加による森林整備ボランティアの募集を図った。(たまたま普及指導担当の予算が付いたので、正式の事業として実施した。)

 前述したコンセプトに従い、あえて、大々的に応募を図るのではなく、その中心を本当の意味での地元住民に絞った。対象とした宮前町のフィールドは、新興住宅地の裏山に当たる。このため、地元の区長会に対し説明会を実施し、戸別ビラ配布という形で行うことの了承を頂いた。と書くとあっさり同意がとれたようだが、各区長からは、区で掃除をする地域を増やすのかという危惧が多く出され我々の意図を説明するのに苦労したが、とにもかくにも、募集を開始したところ、13人の方が募集に応じてくれた。(その後、転勤や異動、活動日ごとの増減があり、通常は10人程度が参加。)

 集まった方々は、実に様々である。年齢は30代から60代。また、4組の方がご夫婦で参加し、職業もサラリーマンからプロの庭師さん、また、ボーイスカウトの世話役や、他のボランティア活動にも積極的に参加している人まで多種多様であった。
 まず、最初に自己紹介を兼ねて、それぞれの森林に対する思いや応募の動機を述べてもらった。我々の作成したビラには、タイトルこそ「森林の手入れ・ボランティア募集」とあるが、その説明文には、「子供の頃、裏山で遊んだことを思い出して、ワイワイやりませんか。」と書いたこともあり、とにかく森の中で汗をかきながら楽しもうという人が多かった。また、自分の手で子供達の遊び場を作ってみたいという人、あるいは、昆虫や野鳥が集まる空間を作り、隣接する市の公園ともども自分達の手で整備していきたいという人、またその一方で、純粋に奉仕作業のつもりで応募してきた人等、応募の動機、森林に対する思いは様々だった。私は、メンバー一人一人の意見を聞きながら、これは森林の整備をきっかけとした新たな地域づくりができるのではないかと思い始めた。

 そして、『宮前の森林倶楽部』の活動が始まったわけであるが、以前より自然環境調査をお願いしていた豊田市自然愛護協会の先生が、そのまま顧問として参加してくださり、学術的サポート体制も充実した形でのスタートだった。
 作業開始直後は、樹木が鬱蒼としており、真っ暗な森林であったが、余分な木を伐採し林内を明るくしたおかげで、この春にはササユリ等も沢山姿を見せるようになった。ギフチョウの幼虫のエサとなるカンアオイを増やそうという計画もある一方、フィールドで伐採したコナラに対して、シイタケの菌打ちを行う等実に様々な作業を行ってきた。

 地元住民に対してメンバーを募ったことは企画した意図通りとなり、活動日(毎月第二日曜、第四土曜)以外にも、自主的に整備する住民も出てきた。また、思わぬ効果として作業途中の休憩中の雑談などで、行政に対する住民の生の声も聞くことが出来、一方、メンバー同志の間でも、ほとんど隣に住んでいながら、今まで声を交わしたことのない人と会話を交わすという、楽しい時間となっている。
 この活動は、事業としては単年度で終了したが、勿論、現在も続いている。私は、異動してからは、自費で一メンバーとして参加している。活動に永続性を持たせるためには、参加するメンバーが、いかに楽しんで活動できるかが一番のポイントとなるようだ。

 さて今度は、愛知県全体に目を向けてみると、本県は、人口では、全国第4位、製品出荷額は第1位という先進県?である。その一方、豊かな自然も持っている。県土に対する森林面積の割合は、43%である。全国平均は67%であるから、全国的に見れば、高い方ではない。しかし、大都市である東京都、神奈川県、大阪府の38、40、31%に比べれば、豊富であると言ってもよいと思う。しかも、道路網の発達により都会から2時間もあれば、北設楽の山村にまで行くことが出来る。この利点を生かし、住民の意識の高まりとともに大きな活動のうねりを生み出すことが出来たらすばらしいと思う。

 林業そのものの産業として衰退が言われて久しいが、ものの豊かさよりも心の豊かさが重視されるなど価値観が多様化する中で、森林とのふれあいや生物の多様性の保全に対する国民の要請が高まっており、保健・文化・教育的な面で森林の果たす役割の重要性が増している。

 愛知県民一人一人が、県内の森林すべてを『宮前の森林倶楽部』のメンバーのように、自分の庭の様に感じることは無理であろうがそれに近い感覚を持たせることは出来ないであろうか。
 森林を通した、人と人との新たなコミュニケーション、新たなネットワークができあがれば、自ずから、自然との共生の方向が見えてくるかも知れない。

 ただし、これが成功するためには、行政が表に出ないことである。また、成功したとしても、行政の成果とはしないことが大切である。
 強力なリーダーシップで、政治や行政が世の中を引っ張ってきた20世紀と異なり、21世紀は、地域住民、小さなコミュニティーから大きな力を生み出す時代ではないか。

 映画「もののけ姫」の中のエボシ御前の作り上げた共同体「タタラ場」では、女性がめっぽう元気で、大変活気があり、ハンセン氏病とおぼしき人々とも、何の差別も違和感もなく、住民達は協力して暮らしていた。これを外部から壊そうとする公権力として描かれているのがアサノ公方である。行政が、このアサノ公方になってはいけない。
 地域の小さな共同体の活動を生かし、行政は、その活動の発展のきっかけづくりやサポートを行い、大きく育てていくことこそ、魅力と活力あふれる地域づくりの成功の鍵であると私は思う。

 引用文献

   ※1 キネマ旬報 No.1258 1998.6月号
       「ビテオ化にあたり、「もののけ姫」旋風再び」 米田由美

   ※2 平成8年度 愛知県林業統計書 愛知県農地林務部林務課 平成9年11月

   ※3 平成9年度 林業動向に関する年次報告 (林業白書)

   ※4 愛知県手帳便覧 1998

   ※5 森林ハンドブック 1997 日本林業協会編

その他参考文献

   ※森林ボランティアの風 新たなネットワークづくりに向けて (社)国土緑化推進機構企画・監修
      この本の中の「森林ボランティアグループ&関係団体全国リスト」には、
     我が『宮前の森林倶楽部』も、愛知県内団体の末席を飾っている。 

(ねむり姫 40歳)

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