セレンディピティについて

平成13年3月〜8月ネット上にて公表

 前回お約束しましたとおり、セレンディピティについてお話しします。

 「始めに目標とした目的には合致しないけれども、別の大発見に巡り会うこと」
 これをセレンディピティに恵まれると言います。

 実は、今年の1月に「化学に魅せられて」という岩波新書が出版されました。あの電気を通すプラスチックの白川英樹博士の講演なんかをまとめたものですが、書評にセレンディピティについても記述されているとあり、ちょっとドキっとして、早々読んでみました。しかし幸いなことに、語源のセイロンの話については触れられていなかったので安心してお話ししたいと思います。

 さて、その語源です。(柳田博明著「新素材の拓く世界」から、アレンジ)
 セイロン(現在のスリランカ、古い呼称をセレンティフ゜と言ったとか)は紅茶の他に、宝石の島としても有名です。
 昔々、そのセイロンに王子が三人いました。そして、時の王様は三人の王子に宝探しをお命じになりました。
 第一王子は宝石があると思われる山に、わきめもふらずに進みました。途中にどのようなすばらしいものがあるかをためす余裕など全くありません。とにかく早く得たいが為、がむしゃらに進んだわけです。
 それに対し、第二王子は怠け者で、少々さぼり癖があり、ときどき休息をとりながら、のんびり進みました。ある時、彼が休んだその足元に石が落ちていました。拾い上げてみましたが、価値がないといって、捨ててしまいました。
 そして、第三王子は、目的の山に向かって計画的に進みました。
 あるところで休息をとり、面白そうな石があったので拾い上げてみました。よく見ると、その石は王様から命じられた、本来探す目的の宝石とは違いますが、とてもすばらしいものだったので、喜んで持ち帰りました。とさ。

 というお話です。
 言うまでもなく、三人の王子の内、当然、第三王子がセレンディピティに恵まれたというわけです。
 この話は、実に科学研究にとって教訓に満ちている。と柳田先生は言います。

 以下は、柳田先生の解説です。

 目標に向かってまっしぐら、その目標にそぐわないものなど見向きもしない、という第一王子のタイプ。研究で成功するのに、このタイプの人はほとんどいない。人知のおよばぬ自然の妙をはじめから捨ててしまっているからである。
 第二王子のタイプ、日頃勉強していないから、拾い上げた石の価値の判定ができない。やはり基礎学力はコツコツと養成しておかないと、いざというときに役にたたない。だから、第三王子のタイプが理想的である。
 まず目標はしっかり定める。こうすればしっかり歩きだすことができる。そして、時々休んで、傍らの石を拾い上げる余裕がある。 そして重要なことは、拾い上げた石の価値を見いだす基礎学力があったということである。計画性と偶然性の両立、すなわち日頃のたゆまぬ研鑚と時々は休むことの出来る余裕とが第三王子にはある。
 ここで王様についても触れておかなくてはならない。
 どのタイプの王子をすぐれたものと認めたか、である。
 この話では、当然第三王子がすぐれていたと認められたのであるが、現実に研究を進める間での上司と研究実務者の関係に置き換えてみよう。上司が第三王子のタイプを認めるだろうか。

 よけいなことをしたと、もしかすると叱責するかもしれない。このような上司を持つ人は誠に不幸である。かといって、迎合して第一王子になるように努めてしまったら、大発見には永久に巡り会えない。上司の説得の仕方が重要となる。
 セレンディピティに巡り会ったとき、上司の説得には工夫と熱意が必要である。とにかくわかりやすく、コンパクトにまとめて、熱心に説得することである。これも日頃、わかりやすい言葉でストーリーをきちんとまとめる訓練をしておくことがあって、はじめてできることである。


 以上に様に柳田先生は述べておられますが、20世紀型の大抵の組織は第三王子のような振る舞いを許してはくれないでしょう。
 そんな余裕のある組織は、正直言って存続することが不可能です。もっとも、王子の方だって、余程気持ち的に余裕がないと余分な知識など身につけようとはしないですしね。
 多かれ少なかれ、組織に身を置くものは、がむしゃらに頑張って、それが幸せになることだと信じて、結果的にその組織にしがみついてきたのが20世紀後半だったと思います。
 それでも、戦前、戦中派は良いのですが、そうでない世代は、組織にしがみついて、一生懸命に稼いで、一生懸命に刹那的享楽に浸ることこそが幸せなんだと勘違いしてきたきらいがあります。その反動がフリーターの増加なのかもしれません。

 ビジネスマン必読と言われるドラッガーは、こんなことを言ってます。「今問題となっているのは、労働者の労働寿命に比べ、組織の寿命が短くなっていることである。」
 ドラッガーの著作など公務員は読まないかもしれませんが、これは、国家公務員でも地方公務員でも同じであることは、最近の情勢を見れば自明の理です。

 さてさて、21世紀は大変な時代になりそうな気配ですが、ノーベル賞的大発見や、世界を動かすような大人物になれるわけがない我々凡人は、どうすればよいでしょうか。

 先に記述した柳田先生の言葉を借りれば、まず、人生の目標をしっかり定める。つまり、自分がどうなることが一番幸せかということを、自ら決めることでしょう。
 そして、それに向かって計画的にゆっくりと余裕を持って歩き出す。ということになりますかね。その上で、セレンディピティに出会ったら、その都度、目標を修正していくことでしょう。
 そう、そこには、組織も王様も不必要なのです。

(ねむり姫42歳)