思い出そう! 日本人

平成18年1月〜6月ネット上にて公表

 先日ある友人と酒を酌み交わしていた時のこと。
 民俗学のことに話がおよび、宮本常一が話題に上りました。彼の著作には、結構愛知県が出てくるという話から、「彼の『失われた日本人』だけは読まにゃあいかんがね。」なんて、その場はそれで盛り上がっていたのですが、家に戻ってきて、ふと考えたら、タイトルを間違えていたことに気がつきました。「失われた日本人」ではなく、正しくは、「忘れられた日本人」ですね。宮本常一が記述した時は、忘れられていただけだったものが、今やそこに描かれている人々は、まさに失われてしまっているのですね。だから、タイトルを間違えて話をしていても、何の違和感もなかったのでしょう。

 で、ここで突然、「三丁目の夕日」の話になります。西岸良平原作のコミックが実写で映画化されると聞いたとき、「わー、やめてくれ〜」というのが正直な感想でした。テレビアニメでは、原作のイメージそのままに、あのほのぼの感が好きでしたが(富田靖子の主題歌も良かった)、実写ではイメージが壊れるだろうと思ってました。

 ところがどっこい、映画「ALWAYS 三丁目の夕日」は、ここ数年間に封切られた中でも希有の傑作と呼びたい作品に仕上がっていました。
 舞台は昭和33年から始まります。ちなみに私は昭和34年生まれ。もはや戦後ではない!と断らねばならないほど、大人達には、まだ戦争体験が重たくのしかかっていた時代でした。映画はそれをみごとに再現。脅威の映像技術と時代考証バッチリのセット撮影により、コミック以上に昭和30年代という、あの貧しくも活気ある時代を意識したストーリー展開になっていました。

 あの時代はみんな貧しかった。私も小学校時代まで2DKの公団住宅に住んでいましたが、信じられないことに親父だけの給料では、そこに入居はできなかったといいます。
 テレビは白黒、ちゃんと使わないときは垂れ幕がかかっていました。冷蔵庫もやっと手に入れ、クーラー?う〜ん。付いている家もあったなぁ。車なんてとんでもない贅沢品。だけど、誰もが、今日よりも明日、明日よりも明後日は、きっと幸せになれると思って夕日を見つめることができる時代でした。
 そして、家族やご近所、友達は絶対に信頼できる仲間であって、団地に住んでいても、すべてそこに住んでいる人の顔と名前がわかってました。勿論、ちょっとあやしげな人々、何で生計を立てているのかよくわからないおじさんとか二号さんなんかも住んでいましたね。だけど、誰もがお仲間意識で助け合っていました。おかずを余分につくっちゃった。とか、遠い親戚から送ってきたもらい物なんだけど、なんての取ったりやったりや、いたずらするとものすごい怖いご近所のおじさんや、買いに行く度にお小言をいただく、駄菓子屋さんとか。。。まぁ、町内会や自治会があった、という想い出はないけど、何故か濃密なご近所づきあいが団地でもありました。たぶん、どこの地方でも、どこの地域でもそうだったのではないかなぁ。そんな地域では、ヘンな事件なんか起こるはずもありません。それがどっかおかしくなってきたのが、高度成長の兆しが見えてきた昭和40年代後半くらいからでしょうか。

 お仲間意識でみんなで頑張っていたのが、いつしかだんだん競争意識だけが過剰になり、みんなで幸せになろうよから、オレだけ抜き出てやるって感じになってきたのでしょうか。だけど、やっぱり、どこかそんな世間は本当じゃないという気がして、何もかも捨ててふらっと漂白してみたい気分と昔のように誰彼となく声をかけて、助け合いたいなぁという捨てがたい意識の表れが、あの「寅さん」を生み出したのでしょうか。

 また、話は飛んでしまいますが、なせが今、BS2で、「男はつらいよ」全作品を順番に放映していてくれます。元寅さんファン倶楽部員としてうれしい限りです。渥美清が亡くなったとき、すぐ寅さんのビデオ全集が出て、それからDVDが一般的になってからは、DVD全集もでました。もう、欲しくて欲しくて仕方がなかったのですが、なんせ、48作分ですから高い!それで、今まで手を出せずにいたわけです。これをBSで放送してくれるというわけで、私はすべて、DVDに録画をしています。リバイバル上映を含め、スクリーンで見ていないのは、3作だけですが、改めて見返してみると、やはり名作ぞろいです。ディティール迄気を配ったカメラワークが、今となっては、歴史的映像価値さえ生み出している気がします。

 閑話休題。「男はつらいよ」がテレビを飛び出してスクリーンに登場したのが昭和44年です。以後、48作。特別編を加えれば、48作+1。これは、当時日本人が忘れかけてしまった魂を我々に思い起こさせる映画だったのですね。どんなに切ない失恋をしても、寅さんのラストシーンはかならず日本晴れです。映画館から出てくる老若男女は、み〜んな笑顔。見終わった後、場内の雰囲気があんなに良くなってしまう映画は他にはありません。

 いずれにせよ、日本人の本来もっている魂は、いまだ失われておらず、忘れられているだけと信じたいではありませんか。忘れてしまっているなら思い出しましょうよ。
 いやな事件ばかり起きる昨今ですが、我々は本当はそんなんじゃないはずなんです。
 ちなみに、2005年を象徴する漢字として選ばれたのは「愛」。2004年の「災」に比べると、何と希望の持てる漢字でしょうか。「愛・地球博」というタイトルもなかなかなものだったと思います。「愛」の安売りはいけませんが、じっくりゆっくり育んでいきたいですよね。

※恒例の17年に読んだ本の中で印象に残った物の紹介
 一般的な本は、通勤途上で読んでいるだけですが、それでも手元のメモを見ると、60冊位読んだみたいです。
 その中で印象的だったのは、「県庁の星」とか「生協の白石さん」なんかですかね。いずれも、17年に出版された本で結構売れたようです。「県庁の星」は、エリート公務員(地方公務員でここまでエリート意識を持っている人がいるかどうかは、甚だ疑問でありますが)が、スーパーに派遣されて、まぁ、目覚める?といった感じの話ですが、公務員である私の目から見ると、逆に地方公務員がいかに、しょうもない仕事に忙殺されているかという側面を描いた方がインパクトがあるのになと思います。でも、これをやると所謂暴露本になってしまうかなぁ。だけど、誰か書いてくれませんかねえ。
 「生協の白石さん」は、ベストセラーになるだけのことはあります。こんな風に、おしゃれでウィットの効いた受け答えができたら、最高でしょうね。白石さんの人柄と、教養の広さ、そしてあらゆる面への造詣深さを感じさせる逸品です。
 後は、小説では、かつて「帝都物語」を読んだときのような、知的興奮を覚えたのが瀬名秀明の「ブレイン・ヴァレー」。ちょっとラストが弱い気がしますが、なかかな面白かったです。読むのに多少骨が折れますが。。。。

 さて今回のコラムのラストは、やはり生協の白石さんの名言で閉めましょう。
  
  愛は売っていないのですか? という質問に対しての白石さんからの回答

  どうやら愛は非売品のようです。
  もし、どこかで販売していたとしたら、それは何かの罠です。
  くれぐれもご注意下さい。 

(ねむり姫 47歳)